〈かぶき者〉の会談と覇権の終わり

松本には、2年に一度、歌舞伎がやって来ます。演出家の串田和美さんと18代目勘三郎さんが25年前に渋谷で始めた「コクーン歌舞伎」の松本版です。

ことしの演目『切られの与三』は、顔も体もメッタ斬りされた主人公がズタボロになっても走り続ける、いまの日本のメタファーとも受け取れる物語です。世界中の注目を集めた米朝首脳会談の翌々日、自分の中に前向きな希望が湧き上がってくるのを感じながら、この舞台を地方都市の劇場の2階席から俯瞰していました。

〈かぶき者〉の会談と覇権の終わり

歌舞伎という言葉の元になった「傾く」(かぶく)は、頭を傾けるような行動という意味から、「常識外れ」を表したとされています。軍事衝突の危険から急転直下実現した米朝首脳会談は、まさしく〈かぶき者〉同士の対面でした。会談の成果をどう評価するか。どのような展開が予想されるのか。予断を許すような状況でないことを承知で言えば、2人の〈かぶき者〉が図らずもアメリカと北朝鮮の本音を剥き出しにしたことを見逃すべきではないと思います。

キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は、誰よりも大きな不安と期待を抱いて会談に臨んだのだと思います。舞台の袖から歩み寄るようにトランプ大統領と初めて握手を交わしたときと、サシの会談を終えて姿を現したときの、表情の落差が象徴的でした。親子3代で世襲してきたキム一族の権力体制をトランプ氏に保証してもらえたことへの安堵感が表れていました。それだけを実現できれば、後のことはどうでもいいと考えていたように映りました。

トランプ氏は、そうした本音を見極められたと直感したのではないでしょうか。会談の数日前に「最初の1分でわかると思う」と述べていたように。その結果、サシの会談は予定を切り上げて40分足らずで終わり、早々に共同声明の署名を済ませてしまいました。会談の結果について、日米の大方のメディアが「完全非核化に向けた具体的な道筋が示されていない」「北朝鮮に譲歩しすぎだ」と懐疑的に報道していますが、僕は少し異なる受け止めをしています。キム・ジョンウン体制の保証をしなければ何も始まらない、体制を保証することで事態が前向きに動き出す。楽観的に過ぎるかもしれませんが、トランプ氏の外交取引は基本的に正しかったと考えます。

一方、トランプ氏が剥き出しにしたアメリカの本音は、世界の覇権国であり続けることへの忌避感です。在韓米軍について「いつの時点かで3万2000人の我が兵士たちを韓国から引き揚げさせることを希望する」という発言は、アメリカの大衆の本音を映し出しているように見えます。経済的に割りが合わないのであれば、世界各地の軍事的なプレゼンスを弱めていく。アメリカの覇権が終わるときが、もう遠くないところまでやって来ている、と考えるべきです。

〈かぶき者〉の会談と覇権の終わり

そうであれば、日本が取り組まねばならない命題は明確です。アメリカが東アジアから退くときに備え、自力で安全を保てる環境を築くことです。紆余曲折があっても、朝鮮半島は統一の方向へ進んでいくでしょう。中国が世界の大国として存在感をさらに高めることは間違いありません。日本は東アジアで共生する道を切り拓く必要があります。そのために避けて通れない試金石が、拉致問題です。拉致問題をきっかけに権力の階段を駆け上がった安倍総理大臣には、長期政権の総決算として何としても決着をつけてもらいたいと思います。〈かぶき者〉の首脳同士だからこそ生まれたモメンタムとチャンスをくれぐれも先送りしてしまうことがないよう、切に願います。


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