松本で政治家になるということ

故郷・松本の市長を目指して選挙に挑んで落選し、捲土重来を期した日から、丸3年が経ちました。人生2度目の浪人生活は、ここまで長くもあり短くもありましたが、政治家になるとはどういうことなのか、根本に立ち返って問い直す時間を与えてくれたと感じています。

国宝五城の1つ、松本城は、廃藩置県からまもなく新政府によって競売に掛けられ、天守閣が取り壊される危機にありました。それを救ったのは、弱冠28歳だった市川量造という人物です。松本で最初の新聞を創刊した量造は、天守閣を「博覧館」として残すべきだと訴え、現地を借り受けて博覧会を開催。市民の協力で大盛況となった博覧会の収入で城を買い戻したとされています。のちに量造は、県会議員になり、長野県庁を松本に移転する運動や、松本ー甲府間に私設の鉄道を敷設する計画に取り組みますが、志を遂げることなく、50歳で横浜へ去りました。

松本城は、市民のシンボルであり、プライドです。ただ、全国的に外国人観光客が増えているにもかかわらず、松本城の入場者は、平成28年の99万人をピークに2年続けて減少しています。理由は、はっきりしています。烏城の異名を持つ天守閣の素晴らしさに比べ、その周辺が魅力に乏しいことです。内外の人たちに長時間滞在したり何度も訪れたりしてもらうには、広さも中身も不十分です。市当局は、幕末維新期の城郭を復元すると表明していますが、実際の取り組みは遅々として進んでいません。

松本で政治家になるということ

松本城を取り囲む外堀は、半分しか現存していません。往時の形に甦らせようと、平成19年に現市長がゴーサインを出した「松本城外堀の復元事業」は、開始から10年余りが経過した昨年秋に、事実上棚上げされました。買収した用地から法律の基準を超える鉛が見つかり、除去費用を賄う手立てが見当たらないというのが、その理由です。これまでに15億円の税金を投入して進められた事業の見通しも責任も、市民の目には曖昧模糊としたまま、時間だけが徒らに費やされる状況になっています。

松本城の外堀を挟んで東側には、建設から60年経った市役所の庁舎があります。前回の選挙が終わった直後に、現市長は、老朽化や耐震性を理由に新庁舎を建設する意向を打ち出しました。立地については、最初から現地以外には選択肢がないかのような情報発信がなされました。さらに、60年前に建設場所をめぐり市民を二分する争いが起きたことを主たる理由に挙げ、議会の慎重論を事実上封印して、1年後には「市役所の現地建て替え」を決定しました。60年に一度、総事業費100億円規模の大型事業です。魅力溢れる松本城エリアの復元・再興という観点から、同時にデジタル化の進展や分散型社会の到来という観点から、この計画は根本的に見直す必要があると考えます。

松本で政治家になるということ

先週、山あいにある三才山一ノ瀬という地区で開かれた小さな集会に足を運びました。表題は『地方議会の役割についての勉強会』。会場の公民館には、33世帯が暮らす地区から5人が参加していました。主催した三才山で農業を営む若者は、2000年以降、機関委任事務が廃止されて、法律上は自治体が国の下請けではなくなり、地方議会は「決定」「監視」「提案」「民意の集約」を行う責任を有していることを説明し、この先10年も立つと自治体間で大きな〈政策差〉が生まれると語りました。「今回の地方選挙の参考にしていただければと思い、お話させていただました」と締めくくるまで、集まった人たちはジーッと耳を傾けていました。この若者は、来月の市議会議員選挙に立候補する準備を進めています。

松本は、城と山のまちです。これからの松本に必要なものについて、自由な議論を巻き起こし、包括的・体系的に評価して決定していくことが、政治家の仕事です。これから1年かけて、それにふさわしい活動を行っていきます。


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