松本にとっての「あずさ」

松本で生まれ育った人間にとって、「あずさ」は、格別な思い入れがある列車だ。槍ヶ岳から流れ下る清流、梓川を名称の由来とする特急列車は、長い間、信州・松本を象徴する存在でもあった。その「あずさ」の座席と料金のシステムが、来春から大きく変わることになった。僕には、松本が分岐点に立つことを端的に表す出来事に映る。歴史を遡って考えてみたい。

松本にとっての「あずさ」

新宿−松本間で「あずさ」が運転を開始したのは、東海道新幹線が開通した翌々年の1966年。僕は、その3年前に松本駅のすぐ近くで生まれた。幼い頃は、駅のホームが見える場所に連れていってもらい、東京へ出発する列車を見送ることが楽しみだった。

当時、東京と長野県を結ぶ鉄道は、2つのルートがあった。上野から長野を通って直江津に抜ける信越本線と、新宿から松本へ向かう中央東線だ。廃藩置県以来の因縁を引き摺って県庁所在地の長野市に何かと対抗意識を燃やす松本市の人間にとって、上野ではなく新宿と直結していることは、密やかな優越感の1つになっていた。

自分自身は、「あずさ」に乗る機会がそれほど多かったわけではない。親子で旅行していた頃は、深緑とオレンジに彩られた急行「アルプス」に乗っていたし、金の無い大学時代は、普通列車を乗り継いで帰省していた。昭和の終わりには長野道が開通し、松本もモータリゼーションの時代を迎えていた。それでも、帰省や仕事でたびたび利用した「あずさ」は、ほどほどの料金で適度な利便性を与えてくれた。大きかったのは、実質的に3割引となる「あずさ回数券」の存在だった。

松本にとっての「あずさ」

先月末に発表された、新たな座席と料金のシステムは、従来の自由席を廃止した上で、現在の指定席料金より数百円安い「座席未指定券」を発売し、座席の上に点灯するランプに従って空いている席に座れるようにする、となっている。これは、JR東日本がすでに常磐線の特急列車に導入しているシステムで、インターネット予約やチケットレスサービスの普及を受けて、「全車指定席制」に移行するための経過措置と見ることができる。

昨年末に25年ぶりにリニューアルした「あずさ」の新型車両は、「座席未指定券」用のランプが取り付けられていて、今更ながら新たな座席方式を前提に導入されていたことがわかる。従来の自由席と「座席未指定券」の差額は松本ー新宿間で120円、これによってネット予約&チケットレスサービスの使い勝手が東海道新幹線や高速バス並みに良くなるのなら、悪い話ではないと感じる人も少なくないのではないか。個人的には、僕もその1人だ。

松本にとっての「あずさ」

ただ、見落とせないことが、2つある。

1つは、松本のような地方都市は、首都圏に比べてインターネット対応やデジタル化が大きく遅れていることだ。特に行政サービスで顕著であるため、メリットよりもデメリットを感じる高齢者が多いと思う。これを機に、情報インフラのデジタル化を進めることが急務である。

もう1つ見落とせないのが、自由席を前提としている「あずさ回数券」が廃止になることだ。ほぼ3割引の料金で手に入り、松本が始発だからどの列車でも必ず座れる、松本市民にとって〈特別な制度〉だった。いつから始まったのかも定かでないほど長く市民の間に定着していた。他の地域の人からすれば、既得権益に見えるかもしれないが、中央本線の一部区間が今も単線のまま放置されていることを思えば、JRが設備投資をしない見返りとして暗黙のうちに続けてきたサービスと考えるのは、思い過ごしだろうか。

松本にとっての「あずさ」

野中広務だったら、どうしただろうか、と思いを巡らせた。20年余り前、JR東海が京都に停車しない「のぞみ」を運行しようと計画した際に、京都選出の代議士だった野中さんは、「1便たりとも認めない」と周囲に公言し、結果的に名古屋から大阪へ直行する「のぞみ」の運行を阻止した。同じ頃に賛否両論を巻き起こしていた近未来的な京都駅ビルの建設も実現し、以来、京都は、国際観光都市として繁栄を続けている。

金沢まで延伸した長野経由の北陸新幹線と、2027年に開通する飯田経由のリニア中央新幹線に挟まれ、松本が誇りとしてきた「あずさ」の未来は、危うさを孕んでいる。そうであればこそ、今回のような動きに、松本の有力者はもっと敏感であらねばならない、と僕は思う。


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