今年の母の日は、少し特別な日になりました。認知症の母にプレゼントを渡し、2人でケーキを食べ、ほほえむ姿を写真に収めました。最近は表情が柔らかくなってきていましたが、弾けた笑顔を見せてくれたのは、いつ以来でしょうか。新しいカーディガンを着て穏やかに座っている母を見ながら、時が幾分戻ったような気持ちになりました。
平穏な日常を過ごしている人たち、あるいは平穏な日常を求めて暮らしている人たちが、憲法について率先して思いを巡らせることは、めったにないと思います。高度経済成長期以降、憲法は、日本人にとって空気のようなものでした。普段は存在を意識しないが、何か困ったことが起こったときの拠り所。憲法があることで、人権が保障され、権力の濫用が抑えられ、無謀な戦争が起きにくくなる。そういうものだろうと、僕自身も受け止めてきました。それではいけない、もっと自覚的であれ、本当に今のままの憲法でいいのか問い直すべきだ、と一貫して主張してきた政治家が、安倍晋三首相です。
かつて「保守本流」と言われた政治路線は、吉田茂元首相が主導した「軽武装・経済重視」路線、つまり日本国憲法の遵守を基本とする政治を指していたことが象徴するように、安倍氏のような憲法改正論者は、自民党内で長く傍流とされていました。その系譜を祖父の岸信介元首相、中曽根康弘元首相から引き継いだ安倍氏は、首相に返り咲いた後、多数派形成や世論喚起を周到に推し進め、今や自民党主流派の位置を占めるに至りました。そして、日本国憲法の施行から70年の節目となる今月3日に、憲法改正に向けた具体的なスケジュールと改正項目を自ら打ち出しました。これまで与党と改憲勢力で衆参両院の3分の2を占めてもどこか現実味を欠いていた憲法改正が、僕らの前に明確な輪郭を現しました。
「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」。
唐突とも言える憲法記念日の安倍氏のメッセージは、国会で憲法改正を発議して国民投票を実現するために投げ込んだ「際どいボール」のように見えます。国民投票は、国会の発議から60日以後180日以内に行うことが法律で定められ、初めての実施となれば最長の180日の周知期間を取ると想定されます。いまの衆議院の任期は、来年2018年12月。来年の通常国会終盤で憲法改正を発議し、12月に任期満了の衆議院選挙と憲法改正の国民投票をダブルで実施する。天皇退位特例法案が今国会で成立すれば、来年12月は今上天皇の退位の時期と重なり、平成から新たな元号へ変わることになります。安倍一強体制を永続させて、悲願の憲法改正を実現し、新たな時代の幕開けを告げる。これが、安倍氏のメインシナリオではないでしょうか。そして、そのためにギリギリのコースとして選んだ改正項目が、公明党の主張を汲んだ「9条3項加憲論」と、日本維新の会が掲げてきた「教育無償化」であると考えられます。
僕らの日常にとって、「9条3項加憲論」と「教育無償化」の憲法改正が、急を要する最優先の政治課題とは思えません。超高齢化と人口減少に真正面から向き合い、長期的視点に立って従来の社会保障・都市構造・経済政策を練り直し、家族や仲間と穏やかに暮らしていける基盤と希望を生み出すことが、いま政治に求められる役割です。地方都市で暮らしていると、とりわけそう感じます。それでも、憲法改正は、現実の問題として僕らに迫ってきています。そのときに備えて、自分が何を守りたいのか、どんな社会を次の世代に残したいのか、突き詰めておかなければいけないと切に思います。
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