桐蔭の交錯ー平成最弱世代のキセキ

桐蔭』と聞けば、誰もが大阪桐蔭高校を頭に浮かべると思います。今や高校野球界では、春夏あわせて甲子園優勝8回を数える全国随一の強豪校になり、「頭脳明晰な二刀流」として今年のドラフトの注目を一身に集めた根尾昂選手も岐阜県から進学しました。

学校の歴史は意外なほど浅く、昭和63年に前身の大阪産業大学高校から現在の校名に変えて独立し、野球部も創設されています。しかし、平成半ばまで『桐蔭』と言えば、「神奈川の桐蔭」が野球界で脚光を浴びる存在でした。

桐蔭の交錯ー平成最弱世代のキセキ

神奈川県横浜市北部の丘陵地帯に広大なキャンパスがある桐蔭学園は、昭和39年に開校。その7年後、開校と同時に創部した野球部が、夏の甲子園で初出場・初優勝を果たしました。そして、このチームで主将・捕手・4番を務めていた土屋恵三郎氏が、大学・社会人野球を経て、昭和57年に母校の監督に就任すると、直後に春のセンバツ出場へ導き、20年で春夏あわせて10回の甲子園出場を果たしました。その間、「神奈川を制す者は全国を制す」と称された最激戦区の神奈川で、横浜高校・東海大相模・桐光学園と覇権を争い、高木大成・髙橋由伸・平野恵一・鈴木大地など数多くのプロ野球選手を育て上げました。

ところが、全国的なスカウトで強化を図った慶應義塾高校などの台頭で、桐蔭学園は、甲子園出場から遠ざかるようになりました。そして、平成19年の秋に、中学野球のカリスマ的指導者が監督となった公立高校にコールド負けを喫すると、土屋氏は、その責任を取る形で25年務めた監督の座を退きました。一方、相前後して、大阪桐蔭は、甲子園の常連校となり、常に優勝候補と目される押しも押されぬ存在になっていきます。

桐蔭の交錯ー平成最弱世代のキセキ

土屋氏に後任を託されたのは、大学卒業後に桐蔭学園の体育教師となり、土屋氏の下でコーチを務めていた片桐健一氏でした。同期に高木大成、2学年下に髙橋由伸が在籍していた全盛期の内野手で、土屋氏より20歳近く若い30代半ばの青年監督でした。神奈川では有名なノックの名手で、選手と大声を交わしながら絶妙な場所にボールを打つ片桐監督のノックを楽しみに、グラウンドに足を運んだことを思い出します。

監督の交代でチームカラーも変わりました。基本となる型を徹底的に覚え込ませるスキのない野球から、パワーや奔放さを積極的にプレーに取り入れる方向へ変化していきました。打撃面で言えば、「フライボール革命」の先駆けだったように思います。

成果は、着実に出ていたように見えました。就任した翌春はベスト4に進出、この夏は主戦投手の故障で再び公立高校に苦杯を喫しますが、その次の才能豊かな選手が揃った「09世代」は、片桐監督の指導で順調に力を付け、春の大会を終えた時点で優勝候補の筆頭と言われるチームに成長していました。新監督が久しぶりの甲子園出場を手繰り寄せつつあったとき、突然、土屋氏の監督復帰が決まりました。なぜ片桐氏が辞めなければならないのか、なぜ時計の針を戻すのか、全く理解ができませんでした。いまも真相は詳らかになっていません。

その夏、桐蔭学園は神奈川県の決勝で敗れました。1年半監督を務めた片桐氏は、土屋体制の下で再びコーチに戻りました。それから4年、土屋氏は、甲子園出場を一度も果たすことなく、退任を余儀なくされました。後任の監督には、同校の中学野球の監督として実績を上げた人物が就任しましたが、続く3年間、かつての名門は坂道を転がるように凋落していきました。

桐蔭の交錯ー平成最弱世代のキセキ

そうした状況で、去年の秋、8年の雌伏を経て、片桐氏が再び監督に就任しました。ゼロからの再出発で、桐蔭学園のファンサイトでも大きな期待が寄せられることはありませんでした。この春、久しぶりにグラウンドに足を運び、遠目から練習を眺めましたが、選手の線の細さに再建の難しさを感じました。

新チームに切り替わって迎えた秋の神奈川県大会、桐蔭学園は、片桐監督の下で1つ1つ勝利を積み重ねていきました。抽選にも恵まれて決勝まで進出し、決勝は横浜高校に大敗したものの、春のセンバツ出場を決める関東大会へ駒を進めました。初戦の相手は、優勝候補の一角、茨城・常総学院。前評判を覆し、6回まで2ー0とリードしたものの、7回に一挙5点を奪われて逆転され、もはやここまでと思われました。ところが、9回裏ツーアウトから逆転満塁ホームランが飛び出してサヨナラ勝ち。勝てばセンバツ当確となる準々決勝を大差で勝利すると、準決勝・決勝も勝ち抜いて24年ぶりの関東大会制覇を成し遂げました。

「平成最弱世代のキセキ」

長年ファンサイトを主宰している〈グリさん〉が書き込んだ言葉です。同じ時期に行われていた近畿大会で、大阪桐蔭は準々決勝で敗退して来春のセンバツ出場が厳しくなりました。常勝軍団にも谷間があり、「神奈川の桐蔭」が紆余曲折を辿ったリーダーの世代交代を機に復活を果たそうとしています。片桐監督には、心から敬意を表します。


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