アメリカのオバマ大統領が、今月下旬に伊勢志摩サミットに出席するため日本を訪問する際に、 現職のアメリカ大統領として初めて、被爆地・広島を訪れることになりました。 言うまでもないことですが、政治的イベトは、表と裏、本音と建前、関係者双方の思惑が複雑 に絡み合って実現します。オバマ氏の広島訪問も、そうした視点から考えてみる必要があります。
7年前のプラハ演説で「核なき世界」を提唱しノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領の意図は、はっきりしています。核の軍縮・不拡散の交渉が思うように進んでいないまま任期切れが迫る中で、「核なき世界」の理念を改めて発信し、政権を締めくくる区切りにしようということでしょう。
安倍総理大臣にとっても、今回のオバマ大統領の決断は願ってもないことです。ケネディ駐日大使、 ケリー国務長官による広島訪問で地ならしを進め、自らが議長を務めるサミットを凌ぐ外交イベ ントの実現に漕ぎつけました。核軍縮に向けた姿勢と日米関係の緊密さをアピールし、核保有国への道を諦めようとしない北朝鮮、海洋進出を強める中国への抑止力につなげたいところです。
こうした双方の狙いを橋渡しして訪問を実現させるために、ここだけは譲らない一線があったと見受けられます。オバマ大統領は、原爆投下の「謝罪」には踏み込まない、ということです。アメ リカ国内で原爆投下を正当化する意見が根強い中、原爆死傷者慰霊碑に花を手向けて哀悼の意を表すというところで、日米両政府が折り合いをつけたとみられます。「謝罪」を求めている被爆者からすれば十分な対応ではないわけですが、安倍総理大臣は想定していたところに落ち着いたと考えているのではないでしょうか。というのも、日本に対するアメリカの立場は、中国や韓国に対する日本の立場と重なる部分があるからです。オバマ大統領と共に、過去に焦点を当てるより未来志向で進んでいこうというメッセージを発信し、日中・日韓の歴史をめぐる問題にも区切りを付けたいという思いが滲んでいます。
さらに、視野を広げてみると、オバマ大統領と安倍総理大臣の決断は、ある人物の存在が間接的に後押ししたように思えてなりません。ドナルド・トランプ氏です。ご存知のように、トランプ氏は、移民排斥や女性蔑視の発言で論争を巻き起こしながら、当初の大方の見方を覆して、共和党の大統領候補に指名されることが確実となっています。
そして、トランプ氏は、在日米軍の駐留経費の負担を増額しなければ米軍を撤退させる、日本の核保有はあり得ると、日米関係の根幹を覆すような発言を繰り返しています。11月の大統領選挙 でトランプ氏が勝利した場合を考えれば、それまでにできることはやっておかなければならない、と考えるはずです。特に、安倍総理大臣としては、日米関係の緊密さをこれまで以上にアピールし、 国内外の核保有への懸念を払拭しておく必要があります。
週明けから、オバマ大統領の広島訪問に向けた動きが、連日ニュースで取り上げられることになるでしょう。「核なき世界」の理想と安全保障の現実にどこまで意義あるものになるのか、そして、被爆者の心に響く何かを残すことができるのか、さまざまな視点から冷静に見ていきたいと思います。
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